商談の口約束は取り消せるか|言った言わないと民法95条の「表示」
2026年10月12日

商談の口約束について調べると、どのページにも同じことが書かれています。口約束でも契約は成立する。ただし証拠が残らないので「言った言わない」になる。だから契約書を作りましょう。
その先が空いています。言った言わないになったとき、その約束を取り消せるのかどうかです。取消しの理由として錯誤・詐欺・強迫という言葉が並ぶことはありますが、条文が何を要件にしているかまで書いたページが見つかりません。
この記事では民法の条文を読みます。読むと、取消しの入口が「証拠があるか」ではなく、その前提を言葉にして口に出していたかで切られていることが分かります。
上位の答えは「成立する・だから書面に」で止まっている
先に一般論です。口約束でも契約は成立します。民法第522条が、契約の内容を示した申込みと承諾で成立し、書面その他の方式は要らないと書いています。この条文と、何への「はい」かを言葉で決める話は別の記事に書きました。
検索上位の解説も、ここを軸にしています。口約束は有効(マネーフォワード クラウド)、水掛け論を避けるには合意内容を書面に(@DIME)、取消しとなる場合として勘違い・騙された・脅されたの3つを挙げるもの(企業法務弁護士ナビ系の解説)。
本文まで当たったのは2本です。マネーフォワードの記事が引いているのは第522条と第166条(消滅時効)だけで、取消しの条文はありません。もう1本も、錯誤・詐欺の条番号や要件には触れていませんでした。
つまり上位は「成立するかどうか」に答えていて、成立したあとに崩す道のほうは名前だけで終わっています。
条文は、勘違いを2種類に分けている
民法第95条です(e-Gov 法令検索・民法)。第1項はこうです。
> 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。 > > 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤 > > 二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2つの号が並んでいます。第1号は、言おうとしたことと言ったことがずれている場合です。10台と言うつもりで100台と言った、というたぐいです。
第2号は、言ったこと自体は合っているけれど、その前提にしていた事情のほうが事実と違っていた場合です。商談で起きるのは、ほとんどがこちらです。来月から人が2人増えると思って10アカウントで契約した、今の仕組みから移せると思って決めた。言葉そのものは正しく出ています。
分け方はこれだけですが、次の第2項で、この2つの扱いが分かれます。
「表示されていたときに限り」と条文が書いている
第95条の第2項です。
> 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
条件が付いているのは第2号だけです。第1号(言い間違い)には、この限定がありません。
読み替えると、こうなります。前提の思い違いで取り消すには、その前提が契約の土台になっていることが表示されていた必要がある。黙って頭の中に置いていた前提は、あとから「本当はこう思っていた」と言っても、取消しの土台に立てません。
ここが「言った言わない」の見え方を変えます。言った言わないは、ふつう証拠の問題として語られます。録音があるか、議事録があるか、メールが残っているか。ところが条文は、その手前で言葉にして出したかどうかを要件にしています。言っていないことは、証拠を探す段階にも進みません。
営業の側から見ると、相手が何を前提にしているかを聞き出して言葉にする作業は、親切のためだけのものではありません。相手の前提を言葉にさせないまま決めてしまうと、あとで前提が崩れたときに、相手は取消しを使えず、契約そのものを争う形になります。 こじれ方が重くなるのはそちらです。
相手の落ち度より、こちらが気づいていたかが効く
第95条には第3項があります。
> 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。 > > 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。 > > 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
前半だけ読むと、ひどい思い違いをした側は取り消せない、という話に見えます。営業の側には都合がよさそうです。
ただ、除かれる場合が2つ書かれていて、第1号の「相手方」はこちらです。 相手が思い違いをしていることに気づいていた場合、あるいは気づかなかったことがこちらの重大な過失である場合には、相手の落ち度にかかわらず取消しができる、と条文が書いています。
商談の場面に置くと、相手が明らかに話を取り違えたまま進んでいるのに、こちらが黙って決めさせた場合です。相手の勘違いを正さなかったことが、こちらの側に返ってきます。
第2号は、両方が同じ思い違いをしていた場合です。こちらも同じ思い違いをしていたなら、相手の落ち度は問題にならなくなります。
詐欺のほうには「重要なもの」という限定がない
第96条です。
> 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
一文だけです。第95条第1項にあった「取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」という限定が、ここには書かれていません。条文を並べて読むかぎり、重要性の線で絞られているのは錯誤の側だけです。これは条文の読みであって、裁判での扱いを書いたものではありません。
第2項には、こちらに直接かかる定めがあります。
> 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
第三者が間に入った場合です。代理店や紹介者が、こちらの商品について盛った説明をしていた。その説明を受けた相手が契約した。このとき取消しができるのは、こちらが「知り、又は知ることができたとき」です。知らなかった、では閉じません。知ることができたかどうかが問われます。
言い切りが法律の側で名前を持っている話と、媒介の委託が何段階も続く場合の定めは別の記事に書きました。期間についても、そちらでは追認できる時から1年・締結時から5年という消費者契約法の定めを引いています。民法の取消権は第126条で、追認をすることができる時から5年、行為の時から20年です。どちらを使うかで、残っている時間の長さが変わります。
うちは、推し量ったものと言われたものを混ぜない

ここまでが条文です。道具の側で、自分たちが決めたことを1つ書きます。
Meetnectには、商談の文字起こしからお客様の反応を読み取る「商談分析」があります。温度感の推移、関心が高まった場面、懸念。営業の役に立つ中身ですが、これは言われたことではなく、推し量ったものです。
だから3つに分けました。
1つ目。この分析は既定でオフにしてあります。 会社の設定でオンにしたときだけ動き、オフのままなら呼ばれても空を返します(src/worker.js:1442)。設定画面にも「既定オフ」と書き、相手の同意とプライバシーに配慮するよう添えています(public/admin.html:249)。推し量る処理を、既定で回る側に置きませんでした。
2つ目。分析のAIへの指示に、断定できない点は推測と明記することを入れています(src/worker.js:1402)。あわせて、引用や根拠は文字起こしに実際に存在する発言だけを使うこと、無い発言を引くことは禁止、と書いています。読み取れるだけの会話が無ければ、それらしい分析を作らずに「分析できるだけの会話がありませんでした」の1文だけを返します。会話が40文字に満たないときは、AIを呼ぶ前にサーバー側で同じ1文を返しています(src/worker.js:1448)。
3つ目。保存する議事録のファイルの中で、区画を分けました。 上から議事録、区切り線、「商談分析」の見出し、区切り線、そして末尾に文字起こしの全文です(public/room.html:2497-2498)。分析を読んだあとで、その場で実際に何と言われたのかを同じファイルの中で確かめられます。
なぜそうしたか。第95条第2項が分けているのは、表示された前提と、されていない前提です。推し量ったものを言われたことと同じ欄に書くと、あとからどちらだったのか誰も分けられません。言っていないことを言ったことにしない、というだけの話です。
議事録の項目に該当する発言が無いとき空欄のまま返す作りと、その理由はこちらに書きました。
確かめられなかったこと
- 「表示されていた」が、どういう言い方なら満たされるのか。条文は表示という語だけで、形を書いていません
- 商談の画面に映した資料の中身が、表示に当たるか。公式の説明は見つかりませんでした
- 第96条第2項の「知ることができた」が、代理店の説明をどこまで確かめていれば足りるのか
- 逐条の解説。公開されているものはPDFだけで、この記事の環境では原文を開けませんでした
ここに書いたのは条文の引用と、その読み方です。実際の取引でどう扱われるかは条件で変わります。争いになっているなら、弁護士に条文ごと見せてください。
Meetnectはブラウザだけで動くオンライン商談ツールです。商談が終わると、要約と文字起こしの全文が1つのファイルになります。お客様の反応を読み取る分析は既定でオフで、オンにした場合も別の区画に入り、末尾の文字起こしと見比べられるようにしてあります。