オンライン商談の見積書とメールの保存義務|対象は書類ではない
2026年10月11日

オンライン商談のあとに見積書をPDFで作って、メールに添付して送る。この形は、受け取る側にも送る側にも保存の義務が付きます。ここまでは検索すればどこにでも書いてあります。
この記事は、その義務が「見積書というファイル」に付いているのではないという話です。法律の条文は書類の名前ではなく、書類に通常記載される事項のやりとりに義務を付けています。この違いが効いてくるのは、PDFを作らなかったときです。画面に映して見せただけのとき、チャットに金額を打ったとき、議事録に数字が残ったとき。どこから義務の側に入るのかを、条文と国税庁の公式ページで確かめました。
先に断っておくと、私たちは税理士ではありません。ここに書くのは条文と公式ページに書いてあることだけです。自社の処理をどうするかは、顧問の税理士に確かめてください。
上位が答えているのは「紙に出して残す選び方がもう無い」
「見積書 メール 保存 義務」で検索すると、上位は会計ソフトの会社の解説記事で埋まります。中身はおおむね揃っていて、要点は3つです。メールで受け取った見積書は電子取引にあたる。だから電子データのまま保存する。印刷して紙で残す方法は選べない。
書いてあることは正しいです。条文を見ると、残し方の指定が電磁的記録しかありません。
> 所得税(源泉徴収に係る所得税を除く。)及び法人税に係る保存義務者は、電子取引を行った場合には、財務省令で定めるところにより、当該電子取引の取引情報に係る電磁的記録を保存しなければならない。
(電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律 第7条)
国税庁も同じことを概要のページに書いています。
> 所得税(源泉徴収に係る所得税を除きます。)及び法人税に係る保存義務者は、電子取引を行った場合には、一定の要件の下で、その電子取引の取引情報に係る電磁的記録を保存しなければならないこととされています(電子帳簿保存法7)。
(電子帳簿保存法の概要・国税庁)
ただ、上位10件はどれもメールにPDFが添付されている場面から話を始めます。 受け取ったPDFをどう保存するか、自社で作った控えをどう保存するか。オンライン商談の最中に金額を伝えた場合は出てきません。実務で先に起きるのは、たいていそちらです。
条文が見ているのは「書類」ではなく「そこに通常記載される事項」
義務の範囲を決めているのは、第7条ではなく定義のほうです。
> 「電子取引」とは、取引情報(取引に関して受領し、又は交付する注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類に通常記載される事項をいう。以下同じ。)の授受を電磁的方式により行う取引をいう。
(同法第2条第5号)
括弧の中を読むと、「取引情報」は書類そのものではありません。書類に通常記載される事項です。見積書なら、日付・相手の名前・品目・数量・金額・有効期限あたりでしょう。条文は「見積書というファイル」ではなく、そこに書かれる事項を指しています。
そしてもう1つ、動詞が2つあります。「受領し、又は交付する」と「授受」です。受け取ったものだけでなく、出したものも同じ条文の中にいます。 自社で作って送った見積の控えが対象になるのは、ここが理由です。
この2つを合わせると、義務が付く条件は「見積書を送ったかどうか」ではなく、見積書に書くはずの事項を、電子のやりとりで渡したかどうかになります。ファイルの形をしていなくてもかまわない、ということです。
商談の画面に映しただけのとき、何が渡っているか
ここから先が、上位に書かれていなかった部分です。
オンライン商談では、見積の数字を3通りの形で出します。資料として画面に映す。チャットに打つ。口で言う。このうち条文の「授受」に当てはまるのはどれか。
国税庁の概要ページは、電子取引に含まれるものを具体的に並べています。
> いわゆるEDI取引、インターネット等による取引、電子メールにより取引情報を授受する取引(添付ファイルによる場合を含みます。)、インターネット上にサイトを設け、そのサイトを通じて取引情報を授受する取引等が含まれます。
(電子帳簿保存法の概要・国税庁)
4つ並んでいて、最後が「等」で閉じています。列挙に無いものが対象外だとは書いてありません。 メールとサイト経由は名指しされていますが、会議ツールのチャットは名指しされていません。「等」の中に入るかどうかは、このページからは読めません。
画面共有のほうは、条文の文言のほうで考える形になります。「受領し、又は交付する」「授受」という言葉が指しているのは、相手の手元に何かが渡ることです。画面に映した資料は、見えてはいますが相手のパソコンにファイルとして残りません。この違いが「授受」の線のどちら側になるのかを書いた公式の文章は、今回は見つけられませんでした。だから断定しません。確かなのは、映して見せた時点ではまだ何も渡っていないことと、そのあとメールで送った時点ではもう渡っていることです。
実務で効くのは、ここを曖昧にしたまま運用すると、同じ商談の同じ数字が、人によって残り方が変わるところです。資料を画面で見せて終わった営業と、あとでPDFをメールで送った営業では、会社に残るものが別になります。
お礼メールの本文に金額を書いた瞬間に、そのメールが対象の側へ寄る
いちばん起きやすいのがこれです。商談の翌日に送るお礼メールに、「本日お話した内容は下記のとおりです」と書いて、金額と納期を本文に並べる。添付ファイルは無し。
このとき渡しているのは、見積書に通常記載される事項そのものです。条文は書類の形を求めていないので、添付が無いことが理由で対象から外れる、という読み方はできません。 メールの本文そのものが取引情報を載せた電磁的記録になります。
お礼メールに議事録を添えるときに何を貼るかは商談後のお礼メールに議事録を添えるときに書きました。そこでは「全文を送らない」という中身の話でしたが、保存の側から見ると別の意味が出てきます。本文に数字を書き写すと、そのメールは保管の対象になる。添付ファイルで渡すと、対象は添付ファイルのほうになる。 どちらが楽かは、自社の保管の仕組み次第です。メールの本文を1通ずつ残すのが難しいなら、数字は添付に入れて本文には書かない、という決め方になります。
保存は「置く」だけでは終わらない。3つで引ける形にする
データを捨てずに持っているだけでは足りません。省令が、保存の仕方に条件を付けています。
まず、改ざんされていないことを担保する措置です。
> 当該電磁的記録の記録事項にタイムスタンプが付された後、当該取引情報の授受を行うこと
> 当該電磁的記録の記録事項について訂正又は削除を行った場合には、これらの事実及び内容を確認することができること
(電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律施行規則 第4条第1項)
そしてもう1つ、探せる形にすることが求められます。条件は3つです。
> 取引年月日その他の日付、取引金額及び取引先を検索の条件として設定することができること
日付・金額・取引先。この3つです。 フォルダに入れておけば済む、という話ではありません。
ここで商談の記録との差が出ます。議事録や録画は、日付と相手の名前では引けます。けれど金額で引ける形になっていません。 商談の記録と取引の記録は、言葉が似ているだけで別の棚だということです。保存年限のほうも別で、商談の議事録に法定の年限が無い話は商談の議事録の保存期間はいつまでかに書きました。
売上高5,000万円以下なら、探せる形は求められない
条文には抜け道ではなく、はっきりした緩和が書いてあります。
> 当該保存義務者が、その判定期間に係る基準期間における売上高が五千万円以下である事業者である場合又は国税に関する法律の規定による当該電磁的記録を出力することにより作成した書面で整然とした形式及び明瞭な状態で出力され、取引年月日その他の日付及び取引先ごとに整理されたものの提示若しくは提出の要求に応じることができるようにしている場合
(同規則第4条第1項ただし書)
読みどころは、書面で代えるほうの整理の軸が2つしかないところです。探せる形のほうは日付・金額・取引先の3つですが、書面を整理する軸は「取引年月日その他の日付及び取引先ごと」で、金額が入っていません。金額で引けるようにするのが難しいから書面で整理しておく、という置き換えが条文の側で用意されているということです。
もう1つ、相当の理由がある場合の定めもあります。
> 納税地等の所轄税務署長が当該財務省令で定めるところに従って当該電磁的記録の保存をすることができなかったことについて相当の理由があると認め、かつ、当該保存義務者が国税に関する法律の規定による当該電磁的記録及び当該電磁的記録を出力することにより作成した書面の提示若しくは提出の要求に応じることができるようにしているとき
(同規則第4条第3項)
ここは読み間違えやすいところです。緩くなっているのは保存の仕方のほうで、データを持たなくてよいという話ではありません。 条文が「当該電磁的記録及び……書面の提示若しくは提出の要求に応じることができるようにしているとき」と書いているので、データが残っていることが前提になっています。印刷して紙だけ残す形は、この条文でも成り立ちません。
うちは金額の列を持っていない

Meetnectの作りを、この3つの条件に当ててみます。
データベースには商談ごとの行があり、そこに取引先名(rooms テーブルの client 列)と作成時刻(created_at)を持っています。日付と取引先はあります。金額の列はありません。 数えると、schema.sql の全体で金額にあたる列名が0件です。
議事録の側も同じです。標準の見出しは4つで、概要・決定事項・ToDo・要点と論点(src/worker.js:1597-1598)。金額の欄はありません。商談で出た数字は、決定事項の文章の中に文として入ります。保存しているのはファイルのリンクと名前だけで(rooms.minutes_link と room_files の8列)、ファイルの本体は .txt です(public/room.html:2425)。
つまりうちの記録は、3つの条件のうち2つまでしか揃いません。 これは直し忘れではなく、足さなかったほうです。金額の欄を作ると、議事録の数字が「相手に渡した見積の数字」と同じ見た目になります。実際に渡したのはメールか書類のほうで、議事録に書かれた数字は社内のメモです。同じ棚に並べると、どちらが渡したものなのか分からなくなります。記録の置き場所と見える範囲が別々に決まる話は商談メモの社内共有にも書きました。
商談の前に決めておく2つ
項目を増やす話ではありません。決めるのは2つだけです。
- 数字を渡す経路を1本にする。 画面で見せるだけなのか、本文に書くのか、添付で送るのか。経路が人によって違うと、会社に残るものも人によって変わります
- 残す側の3つを先に見る。 日付・金額・取引先で引けるのはどの仕組みか。引けないなら、書面で日付と取引先ごとに整理しておく道が条文に用意されています
確かめられなかったこと
- 画面共有が「授受」に当たるかどうか。条文の文言は「受領し、又は交付する」ですが、映して見せた場合の扱いを書いた公式の文章は見つけられませんでした
- 会議ツールのチャットに打った金額の扱い。国税庁の概要ページの列挙には入っておらず、末尾が「等」で閉じています。入るとも入らないとも読めません
- 現行の一問一答(令和7年6月)の本文。PDFでしか公開されていないため、この環境では原文を開けませんでした。 だから条文と、国税庁がHTMLで出している概要ページだけで書いています
Meetnect(meetnect.com)は、商談の録画と議事録を、会社が自分で決めたフォルダに落とす作りにしています。データベースに持つのは保存先のリンクと取引先名と時刻だけで、金額を入れる場所をどこにも作っていません。取引の記録として残すものは、この記事のとおり日付・金額・取引先の3つで引ける形が求められます。商談の道具がその棚を兼ねようとすると、渡したものと社内のメモが同じ顔で並びます。 兼ねないほうが素直だと考えました。