商談の録画を「削除してほしい」と言われたときに、条文が求めていること
2026年10月14日

商談を録画したあとで、相手から「あの録画を消してほしい」と言われる。検索すると「すぐ承諾しましょう」「保存期間を伝えて安心してもらいましょう」という記事が並びます。応対としてはそのとおりです。ただ、消す義務が実際に生まれるのはどういう場面かと、応じないと決めたときに何をしなければならないかは、どのページにも書かれていませんでした。この記事は、個人情報保護法の条文と個人情報保護委員会のガイドラインを実際に引いて、その2つを確かめたものです。出典はすべて本文に置きます。法律相談ではなく、条文とガイドラインから読める範囲の整理です。
上位が答えているのは「すぐ承諾する」まで
「商談 録画 削除してほしい 言われた 対応」で検索して出てくるページは、録画の許可の取り方を解説した営業向けの記事がほとんどでした。削除の話が出てくる箇所も、「相手が嫌がったら無理強いしない」「保存期間と削除のタイミングを事前に決めて伝える」という運用の勧めで終わっています。
その勧めは合っています。詰まるのはその先です。消すと決めるのは気配りの問題なのか、それとも応じなければならない義務なのか。 そして、業務上どうしても残したい録画について、断ってよいのか。条文を見ると、ここは2つに分かれていました。
消す義務が生まれる場面は、条文で2つに分かれています
請求の根拠になるのは第三十五条です。第1項と第5項で、入り口が違います。
第1項はこうです。
> 本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データが第十八条若しくは第十九条の規定に違反して取り扱われているとき、又は第二十条の規定に違反して取得されたものであるときは、当該保有個人データの利用の停止又は消去(以下この条において「利用停止等」という。)を請求することができる。
法律違反がある場合の請求です。 目的外に使っている、不適正に使っている、だまして取ったといった場合です。
第5項は、違反がなくても使える入り口です。
> 本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データを当該個人情報取扱事業者が利用する必要がなくなった場合、当該本人が識別される保有個人データに係る第二十六条第一項本文に規定する事態が生じた場合その他当該本人が識別される保有個人データの取扱いにより当該本人の権利又は正当な利益が害されるおそれがある場合には、当該保有個人データの利用停止等又は第三者への提供の停止を請求することができる。
「利用する必要がなくなった」「漏えい等が起きた」「権利または正当な利益が害されるおそれがある」の3つです。そして第6項で、請求に理由があることが判明したときは、遅滞なく利用停止等を行わなければならないと義務になります(個人情報の保護に関する法律 第三十五条)。
商談の録画で現実に効いてくるのは第5項のほうです。違反はしていない。ただ相手が消してほしいと言っている。その場合に「理由があるか」をこちら側が調べて判断するという構えになります。
「利用する必要がなくなった」は、商談が終わった時点とは違います
では「利用する必要がなくなった」はどこで線が引かれるのか。ガイドライン(通則編)が書いています。
> 「当該個人情報取扱事業者が利用する必要がなくなった」とは、法第22条と同様に、当該保有個人データについて利用する必要がなくなったとき、すなわち、利用目的が達成され当該目的との関係では当該保有個人データを保有する合理的な理由が存在しなくなった場合や利用目的が達成されなかったものの当該目的の前提となる事業自体が中止となった場合等をいう
そして認められる事例が4つ並んでいます。ダイレクトメールの送付を停止した後に消去を請求された場合、電話勧誘を停止した後に請求された場合、懸賞品の発送が終わって不着対応等のための合理的な期間が経過した後、採用に至らなかった応募者の情報について再応募への対応等のための合理的な期間が経過した後。
共通しているのは、「その用途が終わり、なおかつ後始末のための合理的な期間も過ぎた」という形です。商談に当てはめると、録画を「社内の振り返りに使う」と伝えて取ったなら、商談が終わった時点ではまだ目的が達成されていません。振り返りが済み、提案の結果も決まり、問い合わせに答え直すための期間も過ぎたところが境目になります。商談の終了と、必要がなくなった時点は別の日です。
同じ委員会のQ&Aは、退職した社員から消去を求められた場合について「当該利用目的が達成されたときには、利用する必要がなくなった場合に該当し、当該請求に応じる義務があると考えられます(法第35条第6項)」と答えています(Q9-22)。目的が達成された後は、義務の側に入るという読み方です。
もうひとつ、3つ目の「正当な利益」についてガイドラインが付けている注が重要でした。
> 「正当」かどうかは、相手方である個人情報取扱事業者との関係で決まるものであり、個人情報取扱事業者に本人の権利利益の保護の必要性を上回る特別な事情がない限りは、個人情報取扱事業者は請求に応じる必要がある
(個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編) 3-8-5)
初期値は「応じる側」です。 断るほうが、上回る特別な事情を説明する側に立ちます。保存期間を決めてあることは、その事情の説明にはなりません。保存年限そのものの決め方は商談の議事録は何年残すのかに分けて書いています。

「消去」は、ファイルを消すこと以外も含みます
消すと決めたとして、どこまでやれば消したことになるのか。ガイドラインが「消去」の意味を定義しています。
> 「消去」とは、保有個人データを保有個人データとして使えなくすることであり、当該データを削除することのほか、当該データから特定の個人を識別できないようにすること等を含む
ファイルを消すことだけが「消去」ではありません。その人を識別できない状態にするのも、条文の言う消去に入ります。 商談の録画で言えば、映像と音声を消さずに、文字起こしから氏名と所属を外して「先方A」に置き換える、といった形も選択肢になります。元の録画が残っているなら識別できるので、そこを残したままでは足りません。
逆向きの注意もあります。消す対象は、押した場所から見えているファイルだけではありません。録画と文字起こしと要約が別のファイルになっていれば、それぞれが別に残ります。どこを押すとどこまで消えるかは録画の「削除」と「共有解除」の違いに、文字起こしの残り方は文字起こしはいつまで保管されるのかに書きました。
そもそも自分の側で消し切れるか
請求の対象になるのは「保有個人データ」です。その定義が第十六条第4項にあります。
> この章において「保有個人データ」とは、個人情報取扱事業者が、開示、内容の訂正、追加又は削除、利用の停止、消去及び第三者への提供の停止を行うことのできる権限を有する個人データであって、その存否が明らかになることにより公益その他の利益が害されるものとして政令で定めるもの以外のものをいう。
対象になるのは、自社の側で消すことまでできるデータです。 条文が置いている除外は「存否が明らかになることにより公益その他の利益が害されるもの」だけで、保存期間が短いことは除外に入っていません。すぐ消す運用だから対象外、という読み方はできません。
実務で確かめておくのはこちらです。録画を外のサービスに預けていて、自分のアカウントからは完全な削除ができない作りなら、請求が来てから消し方を探すことになります。同じ章の第十六条第1項は「個人情報データベース等」を「特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」と定義していて、商談の録画を取引先ごとに整理して検索できるようにしていれば、ここに入ってきます(同法 第十六条)。文字起こしを外のサービスに通す場合の扱いは商談の議事録は誰が書くのかに書きました。
断ると決めた場合も、通知しなければなりません
ここが、上位の記事に1本も書かれていなかった部分です。第三十五条第7項を引きます。
> 個人情報取扱事業者は、第一項若しくは第五項の規定による請求に係る保有個人データの全部若しくは一部について利用停止等を行ったとき若しくは利用停止等を行わない旨の決定をしたとき、又は第三項若しくは第五項の規定による請求に係る保有個人データの全部若しくは一部について第三者への提供を停止したとき若しくは第三者への提供を停止しない旨の決定をしたときは、本人に対し、遅滞なく、その旨を通知しなければならない。
「利用停止等を行わない旨の決定をしたとき」も、遅滞なく通知する義務があります。 消したときだけではありません。一部だけ消して一部を残した場合も、その旨が対象です。
だから、請求として受けた以上は「社内で検討して、返事をしない」が選べません。返す内容は、消したか、消さないか、どこまで消したか、のいずれかになります。なお、ここで義務が動くのは第35条の請求として受けた場合です。商談中の雑談で「録らないでほしい」と言われるのは請求ではなく、その場で録画を止める話になります。
請求が来ていなくても、必要がなくなった個人データは「遅滞なく消去するよう努めなければならない」という努力義務が第二十二条にあります。この条文と保存年限の関係は、先に挙げた商談の議事録は何年残すのかで扱いました。
言われたその場で返す3つ
請求を受け付ける方法は、こちらで決めておけます。第三十七条第1項は「その求め又は請求を受け付ける方法を定めることができる」とし、「この場合において、本人は、当該方法に従って、開示等の請求等を行わなければならない」と続けます。第2項では、対象を特定するに足りる事項の提示を求めることもできます。ただし第4項に歯止めがあります。「本人に過重な負担を課するものとならないよう配慮しなければならない」(同法 第三十七条)。
決めてあれば、言われたその場で返せるのは次の3つです。
- どこへ出してもらうか。 受付先と、録画を特定するための情報(商談の日付と出席者で足ります)。第37条第2項で求められる範囲です。郵送と押印を必須にすると、第4項の配慮と向き合うことになります。
- いつまでに返事をするか。 調べて判断する時間が必要なことと、結果は必ず通知すること。第35条第7項があるので、これは約束できます。
- 何を消す対象として数えているか。 録画、文字起こし、要約、共有リンクを渡した先。相手が思い浮かべている「録画」より範囲が広いことのほうが多いので、ここを先に揃えると往復が減ります。
この3つを決めていないと、その場では「社内で確認します」しか返せません。返事の期限も通知の義務も条文の側にあるので、決めておけるのはこちらの手続だけです。
Meetnectは録画の実体を持っていません
Meetnectの録画は、お客様のGoogleドライブに置く作りです。管理画面の録画一覧が持っているのはファイルの場所とリンクで、一覧から外す操作と、ドライブのファイルそのものを消す操作は別になっています。この記事の内容に照らせば、消去を実際に行えるのは、置いた先のドライブを持っている側です。削除の請求を受けたときに動かすのはそちらで、Meetnectの一覧を触っただけでは実体は消えません。